<謹賀新年>

謹賀新年

謹んで新春のお喜びを申し上げます。

今年も(敬愛する明治大学ラグビー部故北島忠治監督の)

”前へ”

そして、(尊敬する経営人だったリクルート創業者江副浩正さんの)

”自ら機会を作り、機会によって自らを変える”

1年でありたいと思います。

輝かしい新年を迎え 皆様のご健康とご繁栄を心よりお祈り申し上げます。

一般社団法人ソシオデザイン 代表理事 大西正泰


御礼

平素はいつもお世話になっております。

ソシオデザインの大西です。

本年も、全国各地で講演にお呼びいただき、大変おせわになりました。

来年は、戌年。

私自身年男になります2018年、ますます走り回って、全国の課題について

取り組んでいきたいと考えております。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

一般社団法人ソシオデザイン

代表理事 大西正泰

<読後紹介>

<起業の科学とは?>とてもいい本でした^^起業に関わる人にはとてもいいと思います。スモールビジネスにも応用できる内容もたくさん。来年の講演に活かします^^

大西 正泰さんの投稿 2017年12月4日(月)

<町そのものをテーマパーク化する動き>

このフレームワークが、過疎の建て直しには一番効くかと。これまで言ってきた分譲集落型フレームワークの基本は、街そのものを「ウリ」にするということなので。今後増えますよ🎵

大西 正泰さんの投稿 2017年12月5日(火)

<20171209街づくりの人類学in徳島>

今日は、徳島県上勝町、一般社団法人ソシオデザイン代表理事大西 正泰さんのお話を聞きに行きましたー(^^)。街づくりは長崎在住の時にも、ひとつのテーマとして様々な場所で話題となりましたが、今日のお話を伺い課題の紐解き方がスッキリ理解できました。続きのお話も是非お願いします⤴⤴池元 正美先生、大西正泰さんにお会いできました❗いつでも、鹿児島へ講演へ行く準備ができている!?そうですよ~(笑)

尾形 隆平さんの投稿 2017年12月9日(土)

<読後紹介>

《生物学のセオリーには嘘がない。》 宗教も、人権も、メディアに対する美しい物語も、我々が文明として築き上げてきたものの必要がない生物の世界のセオリーは、シンプルで嘘がない世界ルールによって成り立っています。最近の学びは生物からが多いです。生物の本なのに、めっちゃビジネスぽい名前ですけれども。。。

大西 正泰さんの投稿 2017年12月10日(日)

2018年最初の東京講演となります。

<街づくりの人類学2> 街づくりの根本ルールを生物目線でみてみると、生物の巣作りとは安心安全と種の繁栄モデルで構築されていることがわかります。 夜に外敵に襲われない、不安なものから身を守ることができる。 雌に求愛されるための巣作りや、…

大西 正泰さんの投稿 2017年12月13日(水)

 

 

<サポート企業の集大成>

1年間サポートして来た企業の年内最終イベントが終わりました。

徳島県知事の審査の元、無事に若者の意見を形に、そして政策反映できる素地ができたものと思います。

http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/12/2017_15135656463134.html

読後1 「21世紀の民俗学」

読後

台風のため久しぶりに読書楽しめました。
「21世紀の民俗学」は、前半が特に面白かった。かつての民俗学(20世紀の民俗学と作者は言う)が日本人の行動様式を丹念に探り、事件や政治など、特異点に着目するのでなく、普通の生活の中にある「何か」を探る学問であるがゆえに、地味だったと。そして普通を探るゆえに、また、グローバルになつていくなかで日本人だけの行動様式が薄まっていく過程で、どうしても21世紀になって、何を対象として探って行けば日本人の行動様式に迫れるのだろうかという想いから書かれた本です。興味深かったのは、写真についての変遷。お祝い事や753などの記念日しか写真がとられなかった「ハレの日」のための、そして家族や自分の歴史を残していくためだった写真が、記念日でもなくお祝い事でもなく、日常のありとあらゆる場面でとられるように変わってきたことを自撮り棒等を例に語られている所など、面白かったです。インスタグラムとか見るに、言語中心的なフェイスブックやツイッターと違い、写真や動画がメインでコミュニケーションが広がっていくのも面白い現象です。

読後2 「数学する身体」

読後2
「数学する身体」。
究極に無駄を省いた言語である数学。数字の仕組みやその成り立ち。ギリシャで生まれた対話のための「証明」の誕生等々。究極に無駄を省かれたはずの数字や数学の中にある、生の営みというか、昔の人々の想いが巻き付いていることに非常に「人間性」を感じました。
ともすると、数学の世界は、定理や数式などを考えていくなかで新たな問いかけが生まれ、独立した「世界」にも見えるし、数学世界のなかだけでも完結できるだけの「世界」を構築しているにも関わらず、営みとしては対話を要求する(誰にでもわかる共通用語だから)構造が内在化している。数学はコミュニケーションの道具である、外に開かれたものであることが非常に伝わってきます。

<読後3「あわいの時代の論語」>

読後3
「あわいの時代の論語」

世界をどのように見ていくのかというか問いかけをきちんとやった人びとに仏陀、プラトンやアリストテレス等々の天才たちがいる。仏陀は、世界の仕組みと幸福の関係性を科学的思考(原因と結果に基づいて構築する)によって明らかにしようとした人であるし、プラトンは宗教が確立した「あの世とこの世」の2つに世界を分けることで認識を深めようとしたし、天才の問いかけは時間を越えて引き継がれる。この本で紹介される孔子も、争いがなくならないのはなぜかという問いに真摯に向き合った天才である。孔子は、コミュニケーション不全が争いの大本であり、不全が起こらないようにコミュニケーションルールを確立させようとしたのが論語である。と、ボクは思ってます。江戸時代に組織論として論語はじめ、朱子学といった形で幕府の学問として採用されたのも、幕府に都合良かった点があるにせよ、為政者にとってのコミュニケーション不全が国家の基盤を揺るがし、戦になることをよく知っていたからたとも言えます。

この本は、漢字の成り立ちから最近話題の技術的特異点シンギュラリティ、AI に至るまで話題が広がりながら、21世紀から見た論語の役割を再定義している本です。少々論理の飛躍かなと思わされる箇所もありますが、博識ならではの雑学が多く、情報量いっぱいの本です。特に漢字の成り立ちについての話が多く、とても面白いです。論語の解釈においても、心という漢字が生まれる前に成立した論語なので、心というものの再定義から始まる仕掛けはとても納得できます。では、いま論語をどのように位置付ければよいかといわれれば、「新たな論語」が必要とされているのかもしれません。

天職の作法 2

《天職の作法続編 音楽でなぜ心が育つと思うのか? 前編》
もうえらく昔に感じる大学院時代に議論した内容が、「音楽でなぜ人の心が育つと思っているのか?」です。音楽教育をやっている人のほとんどが、「音楽教育の目的は情操教育だ」というのですが、その目的をきちんと説明できた人は皆無でした。説明を聞いてみても、「音楽を聴いたら、心が揺さぶられるでしょ。心が揺さぶられるから、心で感じている。それを鑑賞したり、楽器で表現したり、体そのものを使って表現するから、情操教育なのよ」と言われるわけですが、しっくりきている部分と、しっくりこない部分がありました。

子供時代から、「歌歌ってピアニカひいて、リコーダーひけたら心が育つって、めちゃくちゃ無理あるな」と思ってました笑。確かに、いいところのお家の子がピアノを弾けたり、バイオリンを弾いたりしてたので、「音楽を習えることのできるお家」には情操教育できる余地はあるなと思いましたけど笑、そんなら楽器のプロはみんな人格者かと笑。そして、人の心というのが、「学校にいる間に、育てるものなのか?」ましては人格的にも完成していない、というか、(80パーセント以上の人がそうかもしれない)不完全人間である大人や教師によって「心は育てられるのか?」というそもそもの問いも生まれました。

 とすると、「音楽教育で心が育つのかどうか?」という問いに答えるのは、教育を考える上で、かなり有効な問いだなと思うようになりました。

まずボクが考えてみたのは、「音楽」そのものの性質です。ボクの発想だと「音楽は言語」であると考えています。そもそもなのですが、国語、数学、英語、音楽は全て言語です。

言語というのが、ある「意味」を持った記号と考えると、数字は、世界で最もシンプルな意味しか持っていない言語です。どんな国の人でも、どんな文化を持った人でも、1は1以上の意味がありません。

つまり、一つの意味しか持たないのが数字であり、誰もが誤解しようのない共通言語で世界を表現したのが「数学」となります。

それに比べ、国語や英語といったものは記号そのものです。また、単語ひとつ取っても、文章の前後の意図によって「複数の意味を持った記号」にもなります。そして、こういった記号を通じて思考するので、日本語は我々日本人の「OS」でもあります。

我々は、日本語(S+目的語など+V)を使って思考しますので、日本語の持つ「特性」が反映されます。
加えて、ひらがなやカタカナ、漢字、アルファベットを使って、文意を表現します。例えば、べんちゃー・ベンチャー・Ventureと使い分けると、その違いがくっきりすると思います。
日本語の特性では、動詞よりも前に、目的語など状況を説明するのが優先される仕組みになっていますので、何よりも、お互いの状況や使っている文意が正確に届きやすいようになっています。

*注 英語でも同じように整理。英語だとアルファベットのみで、S+Vという
動詞優先の言語になります。日本語と比較すると、動詞=行動を重んじる
OSになっています。

さて、一旦整理してみます。

単一解釈言語とも言える「数字」という言語と、多解釈言語とも言える「言語」の違いをみてきました。では、音楽は、どちらの言語になるのでしょうか?
<続く>

《天職の作法続編 音楽でなぜ心が育つと思うのか? 後編》
*また、コメント欄に感想いただけると幸いです。

前編において、「単一解釈言語とも言える「数字」と、多解釈言語とも言える日本語や英語のような「言語」の違いをみてきました。

 では、音楽は、どちらの言語になるのでしょうか?」
http://www.print-gakufu.com/guide/4003/

音楽は非常に不思議な言語です。ドレミファソラシドのそれぞれの音は数字と同じ、ドはドでしかありません。しかし、色々な組み合わせを通じて、明るい曲調、悲しい曲調など、何かしら意味を発するものではないのに、音と音を組み合わせていくことで、我々の心の中には、「感情」が勝手に湧き出てきます。

ジャジャジャジャーーーーン。

この文字だけ見ても感情は生まれませんが、ベートーベンの「運命」を思い出して、音として聞けば、感情が生まれてきます。これから何が起こるんだろう、とてつもない変化が起きるような感情が揺さぶられてきます。

つまり、音楽というのは、数字のように、1音1音には全く意味がないし、つなげたところで112324980のような無意味な数字の羅列に似たような「音と音の組み合わせ」にすぎないにもかかわらず、感情に変化が現れ、複数の解釈を想像しうる、面白い「言語」であるのです。

このことから、「音楽でなぜ心が育つと思うのか?」に答えていきます。

音楽というのは、この音楽を聴くことによって生じる「言語化されていない、無垢の感情」をベースに、異なる解釈を対話したり、無意識に生じる「無垢の感情」を楽器によってゆさぶったり、揺さぶられたりすることで、「自分自身の無意識と対話する」ことによって、心にダイレクトに関わるから、情操が育つのではないかと考えられているのだと思います。

そのため、我々が普通に親しんでいる歌詞(意味が作詞家によって加えられている)のついた歌謡曲を「音楽教育」であまり取り上げないのは、音そのものから湧き上がってくる感情の方がより情操教育に貢献すると考えられているからだと思います。
*逆に言えば、歌謡曲をもっと使うことができれば、音楽嫌い
の私のような人間は、馴染みやすいのですが。。。

このように考えてくると、我々は、国語(日本語+英語)、数学、音楽という3つ(4つ)の言語を学んでいることになります。更に言えば、言語の初期の頃を思い浮かべると、エジプトのヒエログリフにしても、漢字にしても、おおもとは「絵=イメージ」を形にし、抽象化させて文字にしたものです。とすれば、美術も絵を通じて解する言語という言い方もできます。

すると、このように9教科は再構成されます。

++++
無意識にアクセスする言語(音楽、美術)
意識にアクセスする言語(国語、英語、数学)
++++
これに
****
言語を使って社会にアクセスする(社会)
言語を使って自然にアクセスする(理科)
これらのアクセスによって生まれてきた
ノウハウや文化(技家)
****
そして、
〜〜〜〜
身体にアクセスする(保体)
〜〜〜〜

これら3つの大きな軸によって、自分と世界との関係性を構築していくのが勉強だということです。

しかし、大きな問題点があります。

この3つの視点を統合する、あるいは比較検討する「視点」がないということです。

これは、先の感想で指摘のあった「道徳がない」にリンクしていきます。

僕の視点でいうと、「哲学」(自分と世界を見ていく)という総合的な視点を学ぶ分野が日本の教育においては不足していたという風に考えています。

*逆に言えば、そのようなものがなくとも、同調圧力のしっかりしている日本ではそれほど必要がないと思われてきた傾向にあります。

では、この道徳と哲学というのを、「ルール」という視点で改めて、考え直して見たいと思います。

天職の作法 1

<何のために勉強をするのか?>

10年ぐらい前に、中高校生に話していた「天職の作法」という講演について、今日喋ったので、久しぶりに思い出して書いてみました。またご感想くださいませ。

+++
自分が教員時代に悩んでいた問いです。「勉強して、何の役に立つのですか?」。子供達に聞かれた時に、どうやって答えてよいものか。大人でも「勉強なんか役に立たないよ」という声をちらほら聞きます。

僕なりの回答は、「勉強ナメンナヨ、です、ハイ^^」(笑)

 基本となるのは中学の国数社理英技家音美体の9教科ですが、9つあるのは、「この世の中を9つの基本視点でみよう」という発想です。9つの視点で世界を切り取り、見ていくことで、世界と自分がつながっていることがわかります。そして、その学ぶプロセスにおいて、自分は何が得意で、何が不得意なことなのか、それがわかることで「世界と自分を結びつける視点」が見えてきます。
また、不得意なことがわかることで、明確に自分の進みゆく道が見えます。だから、役に立たない視点(教科)がわかるためにも、役に立つか役に立たないかわからない勉強をする必要性があるのです。

そして、この世界と自分を結びつけるもの、これがわかると、世界が様々な天才たちの遺産(数千年の歴史において名を残してきたイノベーション、世界を変えた発明)によって我々の生活が成り立っていることがわかります。火打石の発明を引き継ぐライター、車輪の発明を引き継ぐ車などなど、名もなき天才の発明によっても支えられています。

こういった天才の営みを引き継ぎ、つなごうとしてきた人類のタスキリレーの集大成が「教科書」です。

これらの天才として教科書に載るには、国民すべてに愛されてきた長嶋茂雄であろうと、あのイチローでさえも、近現代史として100年は名を残したとしても、1000年単位の視点から見る教科書には名を残すことができません。1000年の視点で見て教科書に残るとすれば、山中教授のips細胞の功績ぐらいではなかろうかと思います。それほどの天才の偉業が「教科書」には載っています。

僕の専門教科で説明すれば、社会科で学ぶことは、「どうやって平和に暮らすためのシステムが生まれてきたのか」、ケーススタディとしてこれらを共感、追体験し、どこかで歴史の意思決定が変えることができたのか、あるいは、少しでも変わることができたのか、その「物差し」となる目を養ったり、意思決定できるようになり、新たな「社会システム」を創造するために学ぶものです。

例えば、「投票」というルールを事例にしましょう。我々はこれまで、政権交代といえば、主としてやってきたやり方は「戦争」です。戦争ごとに政権交代が行われ、国の名前が変わったりしていきます。こういった戦争という方法を使わなければ政権交代できなかったのを、平和裡にできるようになったのが、「投票」というルールです。

一人一人が投票権を持ち、無血に為政者を選べることができるようになったのは、類稀なるイノベーションであり、我々は投票という「平和的クーデター」によって政権交代をすることができるようになりました。

この「投票」という営みの「凄さ」をわかるためには歴史の営みを知らずにはわかりませんし、この「投票」というルールを守り、有効に機能させるためには「投票にいく」ことによってしか維持できません。それゆえに社会科は勉強する必要があります。

そして、勉強というのは「タイムカプセル機能」を持っています。例えば、バイオリンを作っている人(音楽)がいたとします。ほとんどのバイオリンの形は似ていますが、全く違う形のバイオリンを創造しようとしたとします。そうなってくると、色々な形のものを試行錯誤するという方法もありますが、音波のでき方という視点(理科)で見れば、3Dプリンターで試行錯誤して(技術家庭)、改善ポイントが見えてきてアイデアを出す方に注力することができます。

こういった架空の事例でもわかるように、9つの視点(9教科)を学んでいることで、足りない視点が見えてくるし、どこから勉強しなおせばよいのか、どのように進めればいいのかがタイムカプセルを開け直したときのように、また勉強することが適切にできます。

ですから、勉強は今役に立たなくとも、「役に立つとき」が現れた時に、適切に「使える」ようになるためにも必要なことなのです。

もし「勉強が役に立ってない」という大人がいれば、それは「役に立てる場面を生み出せない生活」をしているのであり、勉強を必要としていない「退屈な日々」を送っているともいっているのに等しいのです。次の世代にタスキリレーをしようとしていない、天才たちの遺産にタダ乗りしているフリーライダーであることに気がついていないのです。

改めて、教科書に登場してくる天才たち、そして天才と天才たちの間で、漸進的イノベーションを繰り返してきた名もなき人々の積み重ねを感じて欲しいのです。勉強というのは人類が営んできた「イノベーションの追体験」です。我々の人類史を追体験していくことで、次世代にタスキリレーをしていくための「バトン」でもあります。

自らが大人になって、好きなこと、やりたいこと、たまたま偶然であったなどの動機のちがいはあれど「仕事」をえらび、その仕事に真摯に向き合う。仕事をつうじて、天才たちの遺産を次の世代に引き継げていくのが、皆さん自身の「天職」となるものです。その天職にしていくための作法が「勉強」という営みのことなのです。

+++

 

「地域社会維持発展法人」?

うちもこれになれるか?「地域社会維持発展法人」?
本当に1次産業での人手が足りなくなって来ています。海外からの研修生制度以上に、数を増やしていかないと、本当に基礎産業が壊れていきますね。
リンク先 https://mainichi.jp/articles/20170817/k00/00m/010/117000c

考えてみた、地域商社

<昨日考えてみた、地域商社>
昨日行われた香川大学ビジネススクールの同窓会with高松三越のワイワイ会(会の名称)。
地域商社というのが、どういうものなのか。昨今よく聞く中で色々考えるきっかけにしようと、昨日から初日として参加している青森・弘前大からきたインターン生と一緒に参加してきました(私自身は6期生でOBになります)。

色々な話をしてみて見えてきた課題は、

1)地域内の物品などを取りまとめして、どこの誰に売るのか?
国内マーケットが飽和している中、またふるさと納税とかぶ
る部分も多いので、何が同じで何が異なるのか。
2)海外向けを狙う場合、ジェトロでやっているものと何が違う
のか?個別企業がやっているのと、総合でやるものの違いな
のかどうか。
3)国内でみた場合、かなり売り方に工夫しないと、通販でもな
んでもそうそう売れない。すでに強いチャネルを持つところ
で売れたとしても、生産者や地域商社にどれほどの利益率が
残るのかわからない。それほどの製造ロットに対応できない
中小企業では、数売ってさばいて利益を確保という戦略は使
えない。ならば、どうやって仕掛けていくのか。

以上の論点を埋めるには、あまりにも時間がなかったのですが、これから地域商社を考える上で、どのような戦略を描けば良いのか、その課題をいただくことができました。

参考https://www.projectdesign.jp/201606/overseas-expansion/002896.php

8・30 日本縦断ローカルベンチャーフォーラム@上勝

8月30日、光と影の「山のビジネス化課題」について3人のカリスマが話を上勝町でします。
***

2017年度、ローカルベンチャーを推進する全国10市町村で連続的に行われる日本縦断ローカルベンチャーフォーラム。徳島県上勝町では、8月30日(水)に西粟倉からエーゼロの牧さん、東京からETIC.の宮城さんを迎え、いろどりの横石社長とともに「地域で稼ぐ」をテーマに講演とパネルディスカッションを行います。
*****

かつては建材の主力だった杉。そして誰もが儲かると信じ、国策として植えまくって日本中に花粉症をもたらした杉。いまや、土砂災害の被害を甚大にしている杉。この「まちづくりの総意」として植林された、戦後日本最大の「まちづくりの失敗」事例の杉。どんな課題解決案を示してくれるのか、点での成功が水平展開できるのか、ソレトモ。補助金突っ込んでも全国の多くの山々が維持管理に悩まされるなか、僕自身、今後の最大のまちづくりの難所と思われるうちの1つがこの課題なので、楽しみにしています。
○申し込み
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeoxKMUY98ZrkGvAr6jI1-o2NxbXsZgApEMXbkvTcioQ1ahIg/viewform

<日本経済新聞の密着取材中>

<日本経済新聞の密着取材中>
教員時代からお世話になっている日経新聞の密着グリグリイチャイチャ取材を受けております^^色々なことを聞かれるのは本当に楽しい^^9月にはお見せできると思います^^

《寛容性のある暮らし》

《寛容性のある暮らし》
神山における移住関係者の寛容性は素晴らしい。偶然出会った時のレスポンスがいいから、つながりが広がりやすい。そして、偶然の出会いにワクワクできる。こういった受け入れにたいする寛容性というのが、小さなコミュニティを往き来するコネクターを活発化させ、まるで呼吸するかのように街に人が交流でき、より交流を活発化させる。

いつからかうちには少なくなってきている、この寛容性。人口減少に伴う個人負担(例 草刈り範囲が増えるなど)が増えて忙しくなり、ヨソモノ、バカモノとコネクターとの間にさける時間的余裕が減ってきたのが構造的課題。なかなか悩ましい話です。

適度な暇をもて余す。

寛容性を考える上では大事だなあと思います。
街づくりの人類学

《休暇の読書》

《休暇の読書》
久しぶりの読書。ベーシックインカムがよくわかる「隸続なき道」が面白い。まさかニクソンがやろうとしていたこと、それを阻んだイギリスのスピーナムランド制度など、歴史や実証実験の話もあり、とても分かりやすい。うわさでは、作者はロビストとして意図的に仕掛けているとも言われているが、それも含めて面白い。ソトコトも後で読もう🎵
https://m.facebook.com/bunshun.online/posts/1782833092027698

<無事に7月12日アートインク津山、7月13日海士町隠岐国学習センター終えました>

最近、行くとこといくところ、熱心なところばかりで、本当に街づくりが定着して来たように思います。

とはいえ、街づくりには誤解も多かったり、アプローチについても未整理な状態が続いたまま、イベント疲労やゴールなき街づくりに陥りやすいことも多々あります。

そうならないように、何かしら整理された街づくり論が広がっていけばと思っています。

講演先の皆様、大変おせわになりました。重ね重ね御礼申し上げます。

<7月8日大阪教育大学での創業講座終了しました>

<大阪教育大学での創業講座終了しました>
これから三回続く大阪府商工会連合会の創業講座のキックオフセミナーで講演してきました。17年目を迎えるこの講座。そのうちの12年関わってきました。次回8月に富田林、柏原とあります。関西圏の方、無料の講座ですので、ふるってご参加くださいませ。
http://www.osaka-sci.or.jp/sogyoshien/index.html#kick

【津山】7月12日講演会

詳細、お申し込みはこちらまで

人口減少社会に突入し、ますます地方と都市で人の奪い合い、東京以外の人口サイズの小さな街が無差別クラスでの競争に突入している地方創生。是とも言えないが、否とも言えない中で街づくりを行なっている今、どのように街づくりをして行けばいいのか。
街づくりの先進挑戦地域として頑張っている徳島県上勝町、通称葉っぱの街で、起業家育成を通じて街づくりを行なっている(一社)ソシオデザイン大西と、津山市で街のインキュベーター、西粟倉でエーゼロ株式会社取締役として活動中の山田邦明氏とのクロストーク。この対談を通じて、本当の課題を浮き彫りにして、次の一歩に繋がる道筋を明らかにしていきたいと思います。
□定員 20名
□会費 3000円(当日徴収いたします)
□内容
 第一部 街づくりの基本戦略
     (一社)ソシオデザイン代表理事 大西正泰
 第二部 クロストークー本音で語る街づくりの実際のところー
       街のインキュベーター
       エーゼロ株式会社取締役山田邦明
      (一社)ソシオデザイン代表理事大西正泰  
□お申し込み
 本イベントページにてお申し込みくださいませ。

<御礼と精進の方向性>

<御礼と精進の方向性>
 今日は、各界の先達のみなさんのまえで、公共不動産のリノベーションについてお話をさせていただきました。
 「偶然の産物ではなく、科学的な街おこしを」といいつつ、おおざっぱな狩猟系、遊牧系、農耕系の分類方法や、ロジックの進め方、アイデアのほうに気持ちが行き過ぎて、一つ間違えば、大きな誤解を生むこと。また、いろいろなアイデアで街づくりを行っているが、誰のための街づくりなのか、誰が望んだ街づくりなのか、その意思決定の主体はいかに、と本質的な質問をいただきました。反省というより、プレイヤーとしての行動優先主義の批判については、とても意義深い学びでした。

 まだまだ、自分の科学的な街づくりというのは、検証に耐えうるものではありませんが、こういう営みを通じてしか学べない貴重な場となりました。お招きいただいた辻田先生はじめ、大学関係者のみなさま、パネリストのみなさま、来場いただきました皆様ありがとうございました^^

2.16 東大にて「公共施設のリノベーション」に登壇いたします。

2月16日に東京で、パネラーとして話をします。テーマは公共施設のリノベーションについてです。文科省の廃校利用で選ばれた上勝町落合町営複合住宅の事例をベースに”嫉妬”正義と公平”風穴と余白””遊び”というキーワードでリノベーションについて報告する予定です。

ERES 公開セミナー

公共施設のリノベーション

日時: 2017年2月16日(木)14:00-16:00(開場 13:30)
会場: 東京大学本郷キャンパス 情報学環・福武ホール(地下2階) 福武ラーニングシアター MAP
主催: 東京大学公共政策大学院

※定員いっぱいになったようです。

開催趣旨

 高度成長期の人口急増に伴って大量に整備された公共施設の老朽化が進む中、各地方自治体は今後の人口構成の変化や財政状況の見通しを踏まえながら、公共施設の再編・統廃合・長寿命化などを総合的・計画的に管理するいわゆる「公共施設マネジメント」に取り組み始めています。

 総務省によれば、今年度末までにほぼ全ての自治体において『公共施設等総合管理計画』の策定が完了する予定であり、今後各自治体はそれぞれの計画を遂行すべく具体的な事業に取り組んでいくことになります。

 しかし、これまでもっぱら公共施設の整備拡充を進めてきた自治体にとっては、逆に公共施設の再編や統廃合の経験は乏しいため、その具体的な進め方に不安を覚えているところも少なくないものと思われます。

 そこで本セミナーでは、公共施設マネジメントの具体的な手法のひとつとして、特に既存の公共施設を用途転用して利活用を図る「公共施設のリノベーション」にフォーカスして、その先駆的な取り組み事例に学びながら、公共施設をリノベーションすることの意義や可能性、課題について議論を深めていきたいと考えます。

※本セミナーは、寄付講座「不動産証券化の明日を拓く(三井不動産)」の研究・交流活動の一環として行われます。

プログラム

(司会進行)特任教授 辻田昌弘

14:00
講演I
『リノベーションによる旧市庁舎の有効活用〜立川市子ども未来センター〜』
  • 小山裕二郎氏
    立川市産業文化スポーツ部地域文化課主任
14:45
講演II
『遊んだ資産で“カザアナアケル”-嫉妬と公平、そしてワクワクのはざまから-』
  • 大西正泰氏
    一般社団法人ソシオデザイン代表理事(徳島県上勝町)
15:30
ディスカッション
  • 寺沢弘樹氏
    特定非営利活動法人日本PFI・PPP協会業務部長
16:00
閉会

 

『地域共創カレッジ:第2期受講生募集開始!』

想いを一にする全国5地域が共創して支援している地域共創カレッジ。

ぜひ以下の告知をお読みくださいー^^

****

『地域共創カレッジ:第2期受講生募集開始!』
http://tomotsuku.org/course/

今年もやります!地域共創カレッジ。

岡山県西粟倉村より、
 株式会社エーゼロの 牧 大介 (Maki Daisuke)さん
徳島県神山町より、
 株式会社リレイションの 祁答院 弘智 (Hirotomo Kedouin)さん
徳島県上勝町より、
 ソシオデザインの 大西 正泰 (Ohnishi Masahiro)さん
島根県海士町より、
 株式会社巡の環の 阿部 裕志 (Hiroshi Abe)さん
宮城県女川町より、
 アスヘノキボウの 小松 洋介 (洋介小松)さん

という地域のアントレプレナーと

学びの講師として
枝廣 淳子 (Junko Edahiro)さん、
井上 英之 (Inoue Hideyuki)さん、
西村佳哲さん

といったメンバーと一緒につくる、
半年間の学び場。

毎週水曜日の19時半から22時半で、20回以上にわたって
学びの仲間を創りながら進むカレッジです。

都市と地域の新しい繋がりに向けて
共創していく人材となっていくための
「学び続けるチーム」にむけて、

今年も頑張りますので、
ご興味ある方は、ぜひお申し込みください!

<香川大経済学部の受講生のみなさんへ>

<香川大経済学部の受講生のみなさんへ>
 授業後に検索しに来られると思うので、記事にしておきます。
〇上勝町について *ほかにも沢山あります。
 http://greenz.jp/2016/08/22/kamikatsu_travel/
 http://greenz.jp/2016/08/23/kamikatsu_socio_design/
 http://greenz.jp/2014/02/27/kamikatsu_department/
 http://greenz.jp/2016/04/25/kamikatsu_zerowaste/
〇上勝町のインターンシップについて
 http://www.irodori.co.jp/asp/nwsitem.asp?nw_id=9346
 http://socio-design.net/internship2
〇お勧めのほかのインターンシップ
 島根県海士町(観光)締め切りが今月末までです。 https://job.rikunabi.com/2018/company/r573591030/internship/
 宮城県女川町 https://www.asuenokibou.jp/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%…/

 その他ご質問あればいつでもメールください、よろしくお願いします。