生物学的地域再生・・・弐

まず、①からです。

生物の進化史において重要なポイントは3つあって、

1つは、「多様である」ことが常態であること。
2つめに、定期的に大なり小なり「危機が訪れる」こと。
3つめに、危機を「たまたま免れた生物のみが生き残れる」。

です。

おもしろいのは、生物には圧倒的強者がいなくて、
じゃんけんのような相互関係に落ち着きながら、
多様であることこそが、最大の「生存戦略」になっています。

思えば、過疎というのも、経済的にも、文化的にも
「多様性が欠けた状態」あるいは「モノカルチャーな状態」
といってもよく、多様性を失っていることが、最大の
弱みであると思います。

ということは、過疎を脱するためには、「多様性の回復」が
1つのキーワードになってくると考えられます。

少し、多様性を事例で考えてみましょう。

例えば、上勝町では、新たに7社の起業がありますが、
それぞれ業種も違えば、考え方も異なり、それぞれバラバラに
やっています。

これまでの地域再生論では、過疎の町が一体となって
とか、仲が良ければ良いほど、促進するかのような議論が
ありますが、ボク自身は、それにやや否定的で、仲が良くなる
と、モノカルチャー化していきます。

それは生存戦略として、非常に危ういような気がしています。

それよりも、同じ危機意識を持って「バラバラ戦略」で、
行く方が「クリエイティブではないか」と考えています。

そのなかで、「どのようなバラバラが、もっとも最適
生存戦略になりうるのか」というのがポイントで、
さきの「じゃんけんのような相互関係」が1つのヒントに
なるのかなと思ったりしています。

というのも、バラバラにやったことで、どんどん
郊外は「似たような景色」になったり、利害衝突が
激しかったり、田舎ではおうおうにして、バラバラ
状態がマイナス要因になっていることも多いからです。

このことから、もう一歩進めて、「いいバラバラ」と
「悪いバラバラ」を考えている最中です。

この「いいバラバラ」については、アダムスミスの
「神の見えざる手」がヒントで、一定の共通理解と
ルールの設定の上では、「最適値が導かれる」という
ロジック(完全競争状態については議論が当然あります)
を用いれば、「神の見えざる手」=「いいバラバラ」
になりうるのかなと勝手に予測しています。

*この状態を作り上げられたところが、
「過疎の先進地域」であり、この状態を、いつも
いっている「基礎インフラ」かなと思っています。
もう一つこの議論を言い換えると、「全体最適のまちづくり」
よりも「部分最適のまちづくり」のほうが、さらなる可能性を
秘めているのではないかという発想です。

いま、過疎のまちづくりは、「カリスマリーダーの存在」
なしに先進地域はありえませんが、多くのカリスマリーダー
の町おこしは、成熟期を迎えると、後継者が育たず
「持続性に欠けやすい」と思っています。

つまり、カリスマリーダーによる「全体最適」が成熟期を
超えると、持続性や創造性の維持に難点を産みやすく
なるのです。
*具体事例は、危ないので割愛。

そこで、ポイントになるのは、「リーダー育成/取り込み機能」
をもっているかどうかになります。

例えば、シリコンバレーの成功ポイントの1つに、生みの親の1人で
あるターマン教授以下、スタンフォード大学の存在があります。

つまり、成功を持続的に生み出すために、最初の時点から
「リーダー育成/取り込み機能」を町おこしの仕掛けのなかに
組み込んでおかなくてはならないということです。

このことが、多くのリーダーを生み出し、そのことが、
「いいバラバラ」を生み出す最大のポイントではないか
と思うのです。

ということは、これから町おこしを行う過疎の町は、
何よりも「教育=人材育成」にこだわらなければ、とどまる
ところ「短命」になりやすい問題点を抱えることに
なるのです。

そういった面でも、地域おこしは、「多様性」を
常態にするベクトルで考え、「教育」を軸にして
考えていかなければ、産業振興にしても何にしても
だめだという作業仮説です。

<続く>

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