<勉強まとめ③街づくり=アセットマネジメントについて>

 木下論で面白いのは、街づくりの定義がアセットマネジメント(地域の資産価値を上げる)という点です。
 これはポートランドなどアメリカの街づくりの基本戦略でよく見られるもので、日本ではなじみの少ないものです(三菱地所など不動産大手の企業はこういう考え方だと思います)。

 日本でなじみのないのと、アメリカはじめ先進国でこういった考え方をするのは、いくつか理由があると思います。
 一つは、日本では、最初の都市といえば平安京以降(飛鳥浄御原宮とか藤原京はマイナーなのでおいといて)、<街づくりの総合計画はお上がやってきた>ものです。お上には貴族や武士だけでなく、寺院や富裕層も含まれます。これは海外でも同じで、基本、街づくり戦略というのは、支配者の特権でもあるわけです。
 ところが、海外(大陸文化)と日本の大きく違うところは、侵略の濃度の違いです。侵略が繰り返し行われているところほど、防備のない街づくりは非常に危険であり、また侵略ごとにリセット機能が働くので、街づくりを民衆自身も意識せざるを得ません。日本では遷都によってリセットしているので、民衆そのものに蓄積が少なかったように思います(京都はその点長く首都でもあったので、街づくりのノウハウが残っているように思います。いちげんさんお断りもそういう意味では、街の防衛本能だと思います)。

 また、街づくりというのは基本<平野の発想>です。日本のように街づくりをできる平野は国土のわずか3割。そのなかでも、大都市に見られる都市づくりに好条件の場所は5%程度の面積と非常に限られています。そうすると、異民族によるリセット機能が働かず、街づくりを実施できる場所が少ないことからすると、なかなか街づくりというのは国土上庶民のものになりにくく、なったというのは現代のみといえるかもしれません。
 そういった歴史的背景からみても、平野部で、とくに広大な開拓地(と呼んだ侵略地)であるアメリカで、多くの街づくりの試行錯誤が行われてきたのはある意味当然のことだろうと思います(アメリカによる日本占領も壮大なアメリカによる国造りの実験だったと現在から振り返れば読み取れます)。

 そうなると、木下論で主張しているアセットマネジメント(資産価値を上げる)というのは、企業は家賃収入や不動産価格に跳ね返るので、地域の資産価値上昇に経済的モチベーションが大きくあがります(つまりは、人口の多い都市に適した考え方)。
 が、残りの7割近い山間部をもつ場所では、林業資産が優良資産であった時にはよかったですが、現在では、山間部の資源価値上昇を望むのはなかなか容易ではありません。

 そうなると、平野のアセットマネジメントと山のアセットマネジメントの二つは最低限考えられるのではないかと思います。
 
 山のアセットマネジメントを考える場合、平野にはない<観光による資産価値上昇>と、現在は不良資産になっている木材を優良資産に変える<林業による資産価値上昇>が主軸になってくると思います。これに、田舎のもつベーシックインカム(食べ物を贈与しあったり、公共インフラを集落で行うなど)<互助文化の高い資産価値>、さらに人口が減って利害関係者がへり、新たな施策を打たねば滅んでしまうという危機意識に支えられた創造性を求める文化<文化の高い資産価値上昇>などが考えられるのではないかと思います。この4つをうまく吟味しながら、山間部のことを考えていくのも同時に必要ではないかと考えました。また思案中です。。。

<続く>