日記

<続き 都会だから不幸ではない>

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前回の記事で、田舎が目指すのは、GNH(幸福量)を
増やせ、そのためのイノベーションを起こさねばという
話でした、端的にいえば笑

 しかし、じゃあなんで若者が都会に行くかといえば、
田舎がつまらなく、閉塞的で、魅力的ではないからで、
日々メディアに見る<TOKYO>が都会が魅力あるように
思うわけです。

また、勉強ができる子ほど、野心がある子ほど、
上に行きたいので、当然都会を指向します。

考えれば、当たり前のことで、都会は楽しく
魅惑のある場所なんです笑

ということは、都会だって、面白くて幸福度数も
高いんです。

じゃあ田舎と都会の幸福度は同じ質のものか。
そして量は?

当然、「質」は違います。

消費によって幸福を感じることができるものが
たくさんあるのは、もちろん<都会>です。

そして、選択数が多いということは、「量」も多い
というころです。

しかし、決定的に抜け落ちているのは、
<田舎が持っている幸福の質>です。

つまり、コンクリートジャングルがもたらす環境。
里山里海がもたらす環境。この違いがもたらす
環境差。これが幸福の質と量の差異を決定づける要素
になります。

だから、田舎は自然がもたらす幸福度の高さが
一つの強みです。
*しかし、これは田舎と都会の両方を経験しないと
差異がわかりません。ですので田舎しか知らない
子供は都会を目指し、都会しか知らない子供は
田舎を物珍しく思えるのです。

とはいえ、国土の7割が山で、海に囲まれた日本で
自然は、都会以外にありふれているものです。

ですので、自然がもたらす幸福度数というのは、
田舎同士を比べてみても、それほど変わりません。

つまり、団栗の背比べ程度の差でしかありません。

また、特別に美しいところは、すでに観光化されて
おり、ここも違った意味で、田舎ではありません。

ということは、田舎の幸福度数を高めていくに
あたって、この<どこにでもある自然>を前提に
どのような幸福度の質と量を高めていくのか、
そこにアイデアと戦略性をいれていく必要がある
のです。ここが地方創生の<キモ>になります。

もう一つ、都会と田舎の違いであげられるのは、
<人情>です。

けれども、都会にも田舎にもいい人はいるし、
わるい人もいます。田舎には、外からくる人を
毛嫌いするところだってあります。

そういう意味では、人も等価です。

では何が都会の人の心をくすぐっているかといえば、
<異文化同一民族>の持つホスピタリティなわけです。

田舎の多くは<方言>を用い、都会にはない<祭り>
や<風習>があります。つまりは、<異文化>なわけ
です。

とすれば、異文化をどれだけ押すことができるのか、
異文化を演出できるのか、そこに人情味をより活かす
ポイントがあります。

しかし、ただの異文化ではまったく意味がありません。

というのも、若者が、時間軸で遠い異文化である
歌舞伎や狂言などに興味をビシバシ感じるかといえば
ほとんどの子が持てません。国語で学ぶ古文や漢文に
興味をいきなり持てないのと同じようなイメージです。

とすれば、異文化同士でありながら、何かしら、
<興味を持つ>ための仕掛けがないといけません。

つまりは、都会の人にもわかりやすい<通訳>する
作用をもつものを間にはめなければなりません。

それの一つが、<かっこよさ>だと考えています。

例えば、異文化の英語を使うことを<かっこよさ>と
感じています。
お店の名前だったり、お客様のことをクライアントと
いったり、ゲストといったり。クラウドファンディングや
インフルエンサーだとか、まあ、いろいろあります。
*ひらがなで書くと、またダサくなるのもおもしろくて
くらいあんと・げすと・くらうどふぁんでぃんぐって
書いてみるとよくわかると思います笑

つまり、かっこいいと認識すると、その異文化を
取り込もう、身に着けよう、触れてみようと考える
習性にあります。これは日本だけでなくて、漢字が
他国の人にとって、かっこよく見えるのと同じです。

つまり、<かっこいい>と思えるかどうか、自分の
価値を引き上げるものであるかどうか、そういう観点で
我々は、異文化を消費しようとします。

とすれば、田舎文化を<かっこよくさせる>。

これが、一つの解法のように思います。

例えば、全国の田舎で受け入れられている
古民家リノベーション物件などを思い出してみて
ください。

どこもデザイン性の高い<かっこいい>ものが受け
入れられているはずです。

しかし、このかっこよさも、かっこいいだけを
都会と同じようにやっても、ダメです。

異文化 + かっこよさ + 人情味

この方程式です。

田舎に求めるのは、都会にはない、濃密な
コミュニケーションです。

そして田舎の人が持っている<よそ者への優しさ>。

もし、東京のおしゃれなお店がそのまま移築して、
マクドナルドのような接客をしても、たぶん、山奥の
田舎ではウケないと思います。

さて、復習です。

田舎が都会と異なる幸福度数を高める意味で、

+++++++++++++++++++++++
<自然>+<異文化>+<かっこよさ>+<人情味>
+++++++++++++++++++++++

この方程式を上手にいかすことが、ボクにとっての
一つの地方創生方程式です。

ただし、これをイベント(=非日常)でやるので
なく、日常化させておくのがポイントです。

地方創生の方程式は、日常を非日常化させる<祭り化>
ではなく、非日常を日常化させる<祭りの日常化>という
試みです。

多くの先進地域は毎週のように毎日のように、何かしら
イベントがあったり、人が溢れていたり、つまりは、
<日常=非日常>になっています、ほかのエリアに比べると。

そういう意味では、イベントを町おこしと考える
手法はボクにとっては<地域活性>ではあっても、
<地方創生>ではないです。
例えば阿波踊りみたいに4日間110万人訪れたとして活性化
したとしても、残りの361日がダメならば、それは地方創生
じゃないという考え方です。

つまりは、地方創生というのは、田舎の文化をより
成熟した異文化として日常を変えていくものだと思う
のです。

ですから、僕が取り組んできた、シェアハウス、シェア
カフェ、シェアバー、ゲストハウス、古民家レストラン
などはすべて<日常を変える装置>です。

cafeのなかった街にカフェができ、レストランとゲスト
ハウスができることで、街の雰囲気が変わる。また、
この数年で新規事業がどんどん生まれる文化になって
きました。

こういう日常の営みを切り替えていくことが、
ボクにとっての地域再生方程式の土台です。